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その後、時代の趨勢に合わせるために律令の細部を改める施行令である「格」・「式」がしばしば発令されるようになり、各省ともに官職の定員が肥大化する傾向を見せると、陰陽寮においても平安時代中期までに、かなりの定員増がはかられるようになった。一般的に各省で方技がおしなべて位階を低めに設定されていた中で、陰陽寮の方技の官位は低目とはいっても各省管轄下の方技に比較すれば高めに設定されていた。ただ、陰陽寮が中務省の小寮であったため、当然ながら行政官である四等官の官位は本省のそれに比べて低めとなっており、後の平安中期で言う、昇殿して天皇に奏上できる仙籍と呼ばれるいわゆる殿上人は従五位下格の陰陽頭のみであり、その他はすべて、後に昇殿を許されない地下人あった。律令制定当初は、方技である各博士や陰陽師には、もっぱら先進各国から来日した渡来人の学僧が任命されていたが、修習生である天文生・陰陽生・暦生には俗人の人材が登用された。これは、僧籍に属する学僧を俗世間の政権である朝廷に出仕させて自由に使役することは僧籍者に対する待遇上不可能であり、かつ僧籍にある者に対して還俗を能動的に強要するには勅令をもってしか考えられず、このような勅令を乱発することもはばかられることから、俗人官僚に陰陽諸学を習得させ、朝廷において自由な出仕・使役が可能な人材を育成しようとの目的によるものである。
舞鶴市では京都弁とも福井弁とも違う舞鶴弁が話される。日本海側中心に位置する軍港であったためか、基本的に関東弁、関西弁と違い、共通語に限りなく近い言語、発音であるのが特色である。代表的な表現は「ちゃった」で、舞鶴弁が俗に「ちゃった弁」と呼ばれたり、「ちゃった」にちなんだローカルヒーロー「舞鶴防衛戦隊チャッタマン」が人気を博していたりするほどである。この「ちゃった」は丹波弁の一部でも使われる軽い敬語で、例えば「あの人が来ちゃった」は、舞鶴では「あの人が来てしまった」ではなく「あの人が来られた」という意味になる。「ちゃった」の現在形は「てや」または「てです」。このほか、舞鶴弁では「しとってん」を「しているの?」という意味で使い、大阪弁のように「していたんだ」という意味では使わず、イントネーションも異なる。また疑問文の語尾に付ける「か?」が、京都や大阪等では「け?」となることがあるが、舞鶴では「こ?」となる。例えば共通語の「持って行っていたの?」は「持ってっとったんこ?」となる。
福井県最大の発電所。 大飯発電所の1号機と2号機は、アイスコンデンサ方式という他の原子炉にはない方式を採用している。これは、格納容器の周りに設けられた1、944本のバスケットに、ブロック状の氷を入れ、事故時に発生する蒸気を急速に冷却し圧力をさげる方式である。アイスコンデンサーには常時1、250トンの氷が格納してある。この方式により、格納容器の体積を同クラスのものより小さくすることに成功している。 その後、格納容器のコンクリート壁内部にPC鋼より線を入れて、あらかじめ格納容器全体を締め付けおき、事故時に発生する大きな圧力に耐えるプレストレストコンクリート製方式が採用されるようになり、この方式の採用はこの2基に留まった。2005年12月22日午前8時50分頃、大雪と強風のために送電線にトラブルが発生し、自動停止した。
日本国内では三陸海岸、志摩半島、若狭湾周辺や宇和海、日豊海岸、長崎県九十九島などで見られる。ただし三陸海岸は、南部が沈水海岸であり、典型的なリアス式海岸を形成しているのに対し、北部は隆起海岸である。若狭湾は日本海の大陥没湾となっており、リアス式海岸が発達している。湾内には敦賀湾や美浜湾、小浜湾、舞鶴湾、宮津湾などの支湾があり、観光名所として日本三景の一つ天橋立、日本三大松原の一つ気比の松原を含む。その風光明媚な地形は1955年に笙の川以西の全湾岸周辺が若狭湾国定公園の大部分に、また1968年には東岸周辺の一部が越前加賀海岸国定公園の一部に指定されていたが、2007年8月3日に若狭湾国定公園のうち由良川以西が分離独立し、大江山などを加えて新たに丹後天橋立大江山国定公園となり、3つの国定公園を有することになった。若狭湾に点在する港は古来より良港でしかも京都にも近いため、鯖などの魚介類の水揚げ地とされてきた。日露戦争当時、日本海軍はロシア海軍が本土に上陸する地点は若狭湾であると想定し、京都への侵攻を防ぐため舞鶴に鎮守府を、また舞鶴から高浜町にかけての海岸沿いには砲台を備えた要塞を設置した。